シーメンス、ベルリンの裏庭から始まった数奇な快進撃。

ドイツが誇る世界的なテクノロジー企業「シーメンス」。通信・発電技術、レントゲンの開発など、工業の発展にも大きく貢献し、工業技術の自動化・デジタル化をはじめ、家電の製造やモビリティ技術まで、対応する業界と領域は驚くほど幅広い。2022年の売上は700億ユーロ以上に達する見込みだという。2人の技術者の数奇な出会いが生んだ企業は、戦禍の影響も乗り越え170年以上にわたる驚異的な発展を続けてきた。その歴史を紐解いてみたい。

ドイツ発祥の世界的企業・シーメンス

 シーメンスの歴史は、ドイツ・ベルリンの小さな作業場から始まった。陸軍で学んだ電気工学の知識を持つヴェルナー・フォン・シーメンスと、精密機械工のヨハン・ゲオルク・ハルスケは1847年、電信製造会社「テレグラフェン・バウアンシュタルト・フォン・シーメンス&ハルスケ」を設立。創業当時10人ほどだった労働者は、数年のうちに90人、700人と着実に増加していく。
 ドイツ国内でインフラ事業を行うだけでなく、欧州、アメリカ、アジアへの海外進出にも力を入れるなど事業を拡大した同社は、1887年、日本にも進出。2022年現在、700億ユーロを超える売り上げのうち、8割以上は海外の事業によるものだ。全世界の従業員は今や31万人におよび、国際的な企業として確固たる地位を築いていることはその数字からも見てとれるだろう。

通信・電気分野で革命を起こす

 ヴェルナーとヨハンとの数奇な出会いは工業化社会を大きく変える一大要因となった。ヴェルナー達はまず通信事業に革命を起こしたのだが、最初に取り組んだのは既存の電信機の改良だったという。
 1850年代、既に通信技術は実用化されていたが、大陸間通信の場合、数週間の日数を要することが主流だった。そんな中、彼らが開発したポインター電信により、送信機・受信機で情報を共有し、情報の伝達速度を飛躍的に改善していく。次いで、ヴェルナー達は改良した電話機の大量生産にも取り組んでいった。自動電話交換機を設置するなど、通信によるコミュニケーションを活性化し、収益の柱となる事業に成長させていったのである。
 1868年には大規模プロジェクトであるインド・ヨーロッパ電信線の建設に携わるなど、事業活動は順調な船出を続けていった。1866年になると、ヴェルナー達は電信用に開発した回転ダイナモをヒントに、強力な発電機を開発。大規模発電による安価な電力の提供で電動化時代の新たな扉を開いていった。
 そのほか国内インフラのみならず、海外に向けた電力事業にも乗り出し、1875年にはヨーロッパとアメリカを結ぶ大西洋横断ケーブルを敷設。1895年には南アフリカ初となる公共発電所を建設するなど、シーメンスは世界の安定した電力供給に貢献してきたのである。

モビリティ・医療と専門分野を拡大

 大規模電力の供給は、都市のモビリティにも大きな変革をもたらした。
 1881年、シーメンスはベルリンで世界初の電気路面電車システムを開発。工業化により爆発的なスピードで発展する都市間の移動において、エレクトロモビリティは馬車に取って代わる存在となった。この新しい交通システムはドイツ国内で大好評を博し、その後の地下鉄や電気機関車など、電気による鉄道輸送の礎となったことは言うまでもない。
 また、シーメンスは医学の発展にも大きく貢献してきた。レントゲン博士によるX線の発見からわずか2年後の1897年には、世界初となるレントゲン装置を開発。画像検査による病気の診断を実現している。その後も超音波診断装置からC Tスキャナーに至るまで、医療部門は経営の大きな柱の一つとして成長、シーメンスの屋台骨を支える部門となっている。ほかにもシーメンスは、掃除機やテレビをはじめとする家電製品から、エレベーターやクレーンなど大型機器の開発まで、電気を活用した機器の製造・販売を積極的に行い、社会全般へとその影響力を拡大してきた。

電子オートメーション技術を確立

 1880年代以降、ドイツ経済は劇的に拡大したが、同時に競合他社との競争も熾烈なものとなった。1890年に創業者ヴェルナー フォン シーメンスが後継者に道を譲ると、シーメンス&ルスケは合名会社から合資会社へ次いで株式会社へと移行し、更なる発展を目指すこととなる。
 しかし、2度にわたる世界大戦でシーメンスは大きな打撃を受けた。特に第二次世界大戦では資産の5分の4を失い、組織の再建が急務となったのである。
 その中で大きな力となったのが、これまで培ってきた大量生産のノウハウだった。第二次世界大戦後、ドイツが国際社会への復帰を果たすと、シーメンスはデータ処理市場への参入を開始。初のトランジスタ制御システムであるSIMATICを導入し、産業の電子オートメーション化の基礎を築いた。その後も機器の自動制御技術に磨きをかけ、工業生産の根幹となる独自のオートメーション技術を提供し続けている。

デジタル化を戦略の柱に加える

 シーメンスは世界的な潮流「メガトレンド」に従い、戦略を組み立ててきた企業でもある。メガトレンドとは「グローバル化」「都市化」「人口動態の変化」「気候変動」の4つを指すものだ。「環境の変化」という抗いがたい数奇な運命にも、入念な準備で立ち向かってきたのがシーメンスの成長要因の一つと言っても良いだろう。
 2014年に発表した長期的な価値を創出するための戦略「ビジョン2020」の中で、シーメンスは新たに5つ目のメガトレンドとして「デジタル化」を追加。デジタルシフトに向かう戦略を明確にした。ソフトウェア企業を傘下に加え、デジタルビジネスプラットフォーム「Siemens Xcelerator」の提供を開始するなど、これまで培った製造業のノウハウにデジタルを加えることで、デジタル・ツインをはじめとした新たなモノづくりの実現を目指している。日本国内においても日産自動車やデンソーなど、シーメンスのソリューションを取り入れる企業は少なくない。

175年の節目を迎え、新たな時代へ

 エネルギー、通信、運輸、医療など、幅広い分野に進出するシーメンス。事業の再編を進め、2020年にはシーメンスA G、Siemens Healthineers AG、シーメンスエナジーA Gの3社へと分社化した。約24万人の従業員を擁するシーメンスA Gは、今後、産業のデジタルトランスフォーメーションやスマートインフラ、輸送分野の先進テクノロジーの開発など、産業のデジタルトランスフォーメーションの形成に注力していくのだという。  2023年度第3四半期の業績は、売上・利益とも前年同期を上回る結果となった。インダストリアルビジネスは順調に売り上げを伸ばし、デジタルインダストリーズとスマートインフラストラクチャー分野は大幅増益、モビリティ部門は過去最高の受注を達成している。2022年には175周年の節目を迎えたシーメンスだが、街中の工房は今や世界的な企業へと爆発的な成長を遂げ、今もなおその快進撃は衰えを見せていない。未来のシーメンスがどんなイノベーションを社会にもたらしてくれるのか。期待は一層高まるばかりだ。

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