mont・bell(モンベル)
2025年に創業50周年世界中にファンを持つアウトドアブランド、モンベル。
2025年に創業50周年を迎えるモンベル。グループの売上高は1300億円に上り、国内139店舗、海外でも14拠点で販売を行い、世界中にファンを持つ企業だ。アウトドア用品の企画や製造・販売の領域を越え、積極的に社会課題に向き合う取り組みにも注目が集まっている。モンベルの歴史の源流を遡りながら、人々に愛されるアウトドアブランドの真髄を探ってみたい。
モンベルの創業者である辰野勇氏は、1974年に大阪・堺市の寿司屋を営む家に生まれた。幼い頃は体が弱く、小学校高学年のときに金剛山への集団登山にドクターストップがかかる程であったというが、中学生の頃から習い始めた剣道の稽古のおかげで体力がつき、高校卒業まで金剛山に通い、山登りの技術は独学で習得していったという。高校卒業後は、住み込み店員として玉澤スポーツに就職。休日前には、仕事が終わるとその日のうちに最終電車に飛び乗り、山へ向かう日々を送っている。当時、玉澤スポーツの社長はそんな辰野氏の体を心配して山登りを自重するように忠告したが、会社を退職して登山用品店の白馬堂に転職。それからも登山に情熱を注ぎ続け、世界で最も登頂が難しいとされる山の一つ、アイガー北壁に当時最年少となる21歳で登頂に成功した。
その後、白馬堂の常連客から誘いを受けて丸正産業(現:ソマール)に就職した辰野氏は、繊維部産業資材課に配属され、登山用具の開発で社長賞を獲るなど活躍する。その頃から、登山を続けてきた自分たちが欲しいものを、自分たちで作ることができる会社を立ち上げようと強く考えるようになったという。
そして1975年の28歳の誕生日。登山用品メーカー、モンベルを設立する。フランス語で「美しい山」を意味する「mont belle」を基にした社名だ。創業直後、市場に参入するには苦労し、登山専門店に寝袋を売り込んでもなかなか受注に繋がらない苦境が続く。そんな中でスーパーマーケットの商品企画を手掛ける企業に勤める友人からの依頼で、ショッピングバックを手掛けて好評を得ることになる。この仕事で得た資金を元に新規開発に着手し、軽くて暖かく、濡れてもすぐに乾く米国デュポン社が開発した化学繊維を採用し、1976年には安価で高性能の寝袋を開発した。これはモンベルの登山ツールとして初めてのヒット作となっている。さらに防水性と耐久性に優れた雨具「ハイパロンレインウェア」をリリースするなど、今なお愛されるロングセラー商品を開発し続けた。
モンベルは創業3年目で海外進出を果たしている。辰野氏は飛び込み営業でドイツの登山用品店「スポーツ・シュースター」に製品サンプルを持ち込み、数カ月後に寝袋などを受注。1980年にはパタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナード氏と出会い、パタゴニアの日本代理店の話を提案されて引き受けることとなる。その後、辰野氏はモンベルブランドの構築に注力するべく、1987年にパタゴニアの日本におけるライセンスビジネス契約を終了。その後もパタゴニアの日本法人設立と責任者の採用面接を手伝うなど、友好関係を築いていった。モンベルはアメリカ、スイスに出店し、日本を含めた3カ国から世界100カ国以上へ商品を発送。2024年11月にはグローバルサイトをリニューアルし、各拠点からの配送や多言語対応など、海外顧客へのサービスを強化している。
1995年の阪神淡路大震災の発生時には、会社の業務を一時停止し、約2000個のスリーピングバッグと約500張りのテントを被災地に配るなど、支援活動に専念したことでも知られた。しかし自分たちだけでできることには限りがあると考え、「アウトドア義援隊」と名付けた趣意書をアウトドア関連の全国の企業や団体に送付し、協力を呼び掛けていく。すると全国から続々と救援物資が届き、被災地に駆け付けたボランティアは慣れない野外生活に戸惑う人たちに向け、テントの建て方からロープの結び方まで自分たちの持つノウハウを教えて回ったという。この「アウトドア義援隊」による取り組みは、その後の東日本大震災をはじめとする国内外の災害において多くの人々のサポートを受けながら、被災地支援活動を今日まで続けている。
モンベルは多くの地方自治体や教育機関等と包括連携協定を結び、野外体験を通じて子供達の知恵と勇気を育む活動や住民の健康寿命の維持・伸長に取り組むなど、地域貢献活動にも継続的に取り組んできた企業だ。地方への出店も積極的に行い、2008年の鳥取県大山町を皮切りに、農山村地域にモンベル直営店をオープンしている。また全国にある拠点を中心に、自然に負荷をかけない持続可能な地域活性化イベントなども多数開催。地域の旅館や温泉、道の駅などと連携し、「モンベルクラブ」の会員が訪れると特典も受けられる「フレンドショップ」をスタートさせ、延べ100万人を超える会員が地方に出かけてアウトドアを楽しみ、地方が盛り上がっていくような施策を次々と行っている。
近年、辰野氏は京都大学特任教授や天理大学客員教授などを務め、野外教育の活動にも力を注いできた。2019年には72歳でマッターホルンに登頂し、新たな景色を求めながら今なお冒険を続けている。世界で愛される登山用具やアウトドアグッズの開発から、日本の地方創生まで多角的な活動を行っているモンベル。今後もワクワクする世界へと私たちを導いてくれるに違いない。