2025-5-31

ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

 建築界の父、モダニズムの巨匠と称されるル・コルビジェが、建築家キャリアの後期に残した異色の作品「ノートルダム・デュ・オー礼拝堂」をご存じだろうか。別名ロンシャンの礼拝堂とも呼ばれるこの作品は、コルビジェが生涯で手掛けた3つの宗教建築の一つ。彼が残した建築作品の中でも異彩を放つものだ。世界遺産にも登録され、コルビジェ晩年の傑作との呼び声も高い名建築とは–––。

コルビジェが設計した聖地の礼拝堂

 ノートルダム・デュ・オー礼拝堂はフランス東部パリから4時間ほどの場所に位置し、ロンシャンの小高い丘の上に建てられている。自然豊かなロンシャンはローマ時代に聖域があったと言われており、11世紀末以降、この場所には教会や礼拝堂が数多く建てられ、巡礼者が訪れるようになったという。第二次世界大戦の戦禍で巡礼地は破壊されたが、戦後の1955年、地域の司祭の尽力とコルビジェの設計で礼拝堂が再建された。建物の東側には大きな内陣が設けられおり、毎年巡礼の式典も行われている。

自由で大胆な宗教建築

 コルビジェの作品は、サヴォア邸や日本の国立西洋美術館にみられるような直線的・機能的なデザインが多い。ほぼ同時期に建てられた宗教建築である「ラトゥーレット修道院」も垂直・水平の直線のみを用いた作品だ。それに対しノートルダム・デュ・オー礼拝堂の設計には、曲線や不規則なパーツが多用されており、自由で大胆な宗教建築であることがわかる。
 外観でまず目に入るのが厚く重厚な屋根だ。屋根は緩やかに湾曲し、見上げると建物全体が上を目指して成長しているようにも見える。コルビジェは蟹の甲羅にインスピレーションを得てこの屋根をデザインしたという。緩やかな弧を描く壁には、さまざまな形の窓が不規則に配置されており、礼拝堂に寄り添うようにして大小3つの円塔が並ぶ。外壁の素材は当時利用が始まっていた鉄筋コンクリートに加え、戦禍を経た旧礼拝堂の石材も活用されているという。
 ロンシャンの丘の風景に感動を覚えたコルビジェは、建築に際し、「その場所に語りかける言葉」をコンセプトにしたとされる。まるで自然に溶け込むような礼拝堂の外観は、こうしたコルビジェの思いを体現していると言えるだろう。

光が織りなす幻想的な空間

 礼拝堂内部には主祭壇のほか、3つの小祭壇と告解室が設けられている。床は立地する丘に合わせて僅かに傾斜しており、アーチ形の天井は壁に埋め込まれた15本の鉄筋コンクリートが支え、建物の四方を白い外壁が覆う。外観同様、曲線や不規則なパーツで構成され、多様な形をした窓にはステンドグラスが華を添えている。窓はどれも小さめの大きさに統一されており、分厚い屋根と厚い壁に囲まれた外観からは、内部が外の世界と隔絶されているような印象すら覚えるだろう。
 しかし一歩足を踏み入れると、その印象は一変する。3方に開けられた窓からは、ステンドグラスを通して光が差し込み室内で拡散。さまざまな色合いが室内で交差する設計となっている。礼拝堂に沿い建てられた3つの塔の下には小祭壇が設けられており、塔のトップライトを通じて光が降り注ぐ仕組みだ。屋根と壁の間にもわずかなスリットが入れられており、そこからも光を招き入れる。朝・昼・午後と、時の移り変わりとともに光は変化し続け、影とともに幻想的な空間が現れるのだ。コルビジェはこの礼拝堂で、他に類を見ない聖なる空間を創り出したのである。

世界遺産として次の世代へ継承

 コルビジェは建物だけでなく、ベンチ、祭壇、燭台、十字架など、家具や内装のデザインも手掛けた。また、礼拝堂周囲には、司祭が居住した「司祭者の家」と訪問者が滞在する「巡礼者の家」が設けられている。こちらもコルビュジエの作品の一つだ。
 2016年、世界各国に建築されたル・コルビュジエの作品群は、近代建築への顕著な貢献を認められ、世界遺産に認定された。認定名は「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」。国立西洋美術館やサヴォア邸とともに、ノートルダム・デュ・オー礼拝堂もその1つに名を連ねている。完成から70年余り、コルビジェ晩年の傑作は、今なお光と影が織り成す荘厳な雰囲気を誇示しながら、色褪せない名建築として私たちの心に残り続けていくことだろう。

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